09月17日(木)

 あの日、空を悠然とクジラが泳いでいた。そのクジラはとても立派で、堂々としていて、そして何より格好良かった。ぼく以外、誰もいなくなってしまったこの星で見つけた、宝物のような光景だった。
 赤い空にメタリックなクジラはよく映えた。生きること以外、何もすることがなかったぼくは、何時間もそのクジラを眺め続けた。ただ、椅子に座って、真剣に、時にぼんやりと、僕はクジラを眺めていた。
 彼は、一体、いつまで空にいてくれるんだろう。いつまでぼくの慰めになってくれるんだろう。博士が死んでしまって、それからぼくはずっと1人だった。けれどももし、空を泳ぐクジラがぼくの友達になってくれたなら、ぼくはもう、何があったってかまわない。
 だから、そのクジラが、僕の住むトタン屋根の掘っ建て小屋へ向かっていることが分かった時、あまりの嬉しさに胸が締め付けられた。
 あぁ、ここまでクジラがやって来てくれたら。ぼくはなんて挨拶しよう。なんて挨拶すれば失礼しゃないかな。違う種族同士、仲良くなれるだろうか。一緒に赤い空を泳いでくれるだろうか。
 ぼくは今か今かと、クジラがやって来るのを待っていた。そわそわして、いてもたってもいられず、何度も家の周りを回った。
 待ちに待った、その時はやってきた。
 赤い空で見たよりも、ずっと大きなクジラだった。ぼくが3人は入ることが出来そうだ。メタリックな体は、機械仕掛けで、ぼくとは意思疎通を測るのが難しいようだった。
 ぼくはとても、ガッカリした。分かりやすくガッカリした。
 でもその時、クジラの扉が開いた。
「あの、言葉、分かりますか」
 中から、可愛らしい声が聞こえた。女の子が乗っていたのだ。それがわかった瞬間、ぼくは思った。
 この子のことを、ぼくはきっと、好きになる。