09月16日(水)

 ぽつぽつと雨が降ってきた。水滴が足下で跳ねて、木陰でぼんやりと立ち尽くしている男の子の靴を濡らす。
 ちょうど、5つになったくらいだろうか。伸びておかっぱになった黒髪が、少し俯きぎみの頬にかかっている。その顔の表情は、なんとも読み取れない。下がり気味の眉は悲しげにも見えるが、口元は緩く上がっており、微笑んでいるようにも見える。
 男の子の視線は遊具に向かっていた。ジャングルジム、シーソー、鉄棒。様々な遊具を細部までゆったりと見回し、最後にブランコに目を止める。
 誰も載っていないブランコ。先程まではお下げの女の子とその弟が、楽しそうに揺れていたが、雨が降ってきて、慌ててどこか、公園の外へ走っていってしまった。
 ぽつぽつと降り始めだった雨は、いよいよ強くなってきた。雨粒は、木の葉をすり抜け、地面に強く打ち付けられる。次第に、男の子の黒髪も、上品な服も、水を滴らせる。
「ブランコ、乗りたかったなぁ」
 男の子が、初めて口を開いた。薄く開いた唇から、風の音にも掻き消されそうな、か細い声が聞こえた。心底残念がっている声だった。悔しそうでもあった。
「でも、いいんだぁ。楽しかった。ありがとう」
 絞り出すような声だった。けれども、今の土砂降りに相応しくない、一種の清々しさを感じる声でもあった。
 男の子はやっと笑った。遊具へ向かって、手を振った。
 そして、滲むように風景へ溶け込んで行った。
 男の子が居た場所、木の根元には、立派な仏花が供えられていた。