09月14日(月)

 ぐにゃりと何かを踏む感覚があった。足元を見ると、キツネだ。キツネの尻尾を僕の足は踏んでいた。
「キュゥ」
 足の裏からか細い声が聞こえてくる。僕は慌てて足を退けた。
「うわぁ、ごめんなさい」
『ほんとうに。気を付けていただきたい。神の使いなのだぞ』
 野太い声が響き渡る。僕が通学で使っている裏山の獣道に、人なんかいるわけないのに。僕は少し、怖くなる。
『恐れを成したか。それはそうだな、神の使いに話しかけられているのだから。楽にしてよいぞ』
 目の前にいるのは、キツネだけだ。よく見ると、真っ黒な瞳でこちらを真っ直ぐに見つめている。野太い声がするのと同時に、「キュッキュ」と可愛らしい声も聞こえてくる。まるで、キツネが声に合わせて動いているようだ。不思議なこともあるものだ。
『ワシの声だ。ワシは目の前におるぞ』
「キツネさん、キツネさんの声ですか」
『さよう』
「とても雄々しい声ですね」
 キツネの目が少し輝いたように感じた。嬉しいのだろうか。
 僕は夢のような心地になり、この状況を受け入れ始めていた。あまりにも不思議なことが起こると、どうにも逆に冷静になってしまうらしい。きっと、近くの稲荷神社に仕えるキツネなのだろう。僕はいつも、この獣道を使わせてもらう時には手を合わせていた。
『今日は、信心深い貴様に頼みがあってきたのだ』
「一体、なんでしょう」
『主のため、油揚げを買ってきていただきたい』
「あぶらあげ」
 思っていたよりも、ささやかな願い事に僕は、驚いた。キツネは少しモジモジとしながらも続ける。
『ワシは人間界の作法を知らぬのだ。だから代わりに、買ってきていただきたい。礼はする』
「わかりました。買いましょう」
 僕はなんだか、フワフワとした気持ちのまま頷いた。これはきっと、夢の中。