09月12日(土)

 俺は錆び付いたドアノブを捻り、軋んだ音を立てながら開く扉の向こうをそっと覗く。
 なにもない荒れ果てた部屋。壁紙はボロボロに崩れ、床板は剥がれ落ちている。
「……雰囲気あるじゃねぇか」
 片頬を吊り上げ、どこか引き攣った笑い顔を作る。今晩、俺は別れを告げに来たのだ。三年前に亡くなった彼女に。
 今日は命日だった。命日くらいはここへ来て、彼女へ想いを馳せ、手を合わせないといけないと感じたのだ。道すがら買ってきた花束を握りしめて、部屋の中へと入り込む。
 不自然なほど何も無い部屋の真ん中に花束を置く。そして、片膝をつき、頭を垂れた。
「待たせたなぁ、随分と」
 本当に随分、待たせてしまった。あの日、この部屋に来て、そして頼んだのだ。今日は、帰らせてください、必ず戻ってくるから、と。そうだ、あの日もこんな風にやってきたのだ。そっと扉を開け、恐る恐る中を覗いて。中は同じように荒れ果てていたのを覚えている。その雰囲気に、俺は友達と一緒に身震いして喜んだ。いい肝試しになりそうだと。
「いや……。俺は、何しに来たんだ……」
 何かが、おかしい。俺はここへ、何しに来たのだろう。俺の彼女はまだ、生きている。昨日デートしたばかりじゃないか。だいいち、三年前も荒れ果てていた部屋に、誰かが住んでいたはずなんてないのだ。
 気付いた瞬間、さァと血の気が引いた。あァ、気付いてしまった。
 三年前のあの日、この辺だとちょっと名の通った心霊スポットへ友達とやってきた。酔った勢いだった。そして、見たのだ。いや、見てはいない。感じたのだ。その部屋の真ん中にいる何かを。それは、その女は、言ったのだ。
「おかえりなさァい」
 頭を垂れている、俺の頭の上に、湿っぽい声が降り掛かった。